人生を充実させるための7つの領域

私たちが自分の人生を幸せなものとして送るために留意しなければならないこと、そして取り組み管理することを避けることができないものがあります。それを人生の7つの領域として表したものが次の図になります。

この7つの領域を表した図の一番外側の円は「私の人生」であり、中央にある円の中には「人生を構築する自律の意志」と書かれています。その中央の円の中が「私」です。(図1ー9)

  <人生の7つの領域の図>

(図1ー9)

まず円の中央に「人生を構築する自律の意志」というものがあります。この「人生を構築する自律の意志」は人間誰しも本来持っているもので、「幸せになりたい」「人生を充実して生きたい」という気持ちがあって、それを自分自身の手で具体化・具現化しようとすることが「人生を構築する自律の意志」があるということです。そして「幸せになりたい」「人生を充実して生きたい」ためには、このそれぞれの領域にエネルギーを注いで豊かに充実させること、そして全体のバランスを取り、調和させることで、豊かで充実した人生を送ることができるようになります。

ただ、すべての領域が満遍なく豊かであるのは理想ですが、どこか一部分だけに偏重したり、欠損している領域があるケースも多くあります。一つの領域は他の領域とも互いに関係しており、影響を与えあっていますし、意識してない領域があると、どこかで自分の人生に対して欠けたものがあると感じてしまうものです。そしてそのことが、私たちが自分の人生の価値観の優先順位を顕わしていることにつながります。

あなたが意識しようとしまいに関わらず、自分のどこかの領域が貧弱になっていた時に、そのように感じ、その領域を充実させようとエネルギーを注ぐのはあたな自身です。そのように感じ、人生を充実させようとするあなた自身を「人生を構築する自律の意志」と表現しています。つまり、中心の円の中に記載されている「人生を構築する自律の意志」を持っているものは、他の誰でもない「あなた」、各人からみた「私」そのものであります。

主導権の範囲とは

そして次に中央の「人生を構築する自律の意志」の周りに主導権の範囲というものがあります。この主導権の範囲ということはどのようなことでしょうか?

まず、人生の7つの領域を充実させようとして心を尽くし努力したとしても、その結果として全てが充実するわけではありません。一つひとつの領域は他の人や環境の影響・要素も含まれるからです。

わかりやすいのは「人間関係」ですが、自分が望んだとしても全てが円満に充実するわけではありません。自分とは別の思想・信条を持ち、個性・感情を持つ他人とのコミュニケーションですので、不理解や誤解、感情のすれ違いなどによってうまく行かないことなどは沢山あることは経験上ご存じかと思います。つまり自分自身の一存だけで全てが充実するわけではないということです。

では「知性や知識」などはどうでしょう。自分が努力すれば必要な知識を得ることができますが、これも必要な知識を得る環境が必要になりますし、また誰かに師事する場合は、その先生によっても知性の育まれ方も違うことでしょう。しかし日本においては比較的必要な知識等は入手しやすい環境にあるといえます。

このように他者からの影響や環境の違いによって、一つ一つの領域の豊かさは変わるわけですが、その中においても、自分自身の意志と努力と判断によって影響を及ぼせる範囲を「主導権の範囲」としているわけです。この主導権の範囲も人によって、その厚み、幅、強さは異なってきます。

7つの領域から健全な宗教性を考える

このことを踏まえた上で、「健全な宗教性」ということに話しを戻して考えていきます。(図1ー10)

(図1ー10)

この7つの領域の円の上部を見ていただくと、そこには「心と精神性」という領域があります。結論を申しますと、この「心と精神性」の領域を豊かにしようとして、その宗教の教義や活動が収まっている場合に、「健全な宗教性」となることができます。その宗教との関わりが、心と精神性に好影響を及ぼし、また他の領域にも好影響を及ぼすと「健全な宗教性」となることができるわけです。

「人生を構築する自律の意志」が主導権を守る

あなた自身の「人生を構築する自律の意志」を基いとするからこそ、あなたの主導権は守られており、健全な宗教性を持つことができます。

まず「心と精神性」がその宗教との出会いによって豊かになると、その他の領域に好影響を及ぼすとはどういうことかといいますと、まず「知識、知性」が自分自身と周囲を生かす智慧に高められ、「仕事・社会貢献」においても自分自身の価値観に沿った仕事と新たな創造ができるような貢献ができ充実感が増してきます。また「経済・生活環境」も整いだし、最も縁の深い家族においては、たとえその関係が捻じれていたり、断絶していたとしても徐々に修復される気根が整っていき、やがて深い絆を感じる関わりができるようになるでしょう。

次に「社会・人間関係」領域においては、開かれた意識、感謝と尊敬を基調として節度を保った建設的な関わりができるようになりますし、「身体・健康管理」にも気を配るようになり、内在された力を引き出すように気力・体力共に充実した健康状態を得ることができるようになります。

このように「健全な宗教性」を宿し、その影響を受けることによる7つの領域の基調は「調和・円満・建設的・明るさ・穏やかさ・畏敬・尊重・充実・好転循環」など、大自然を調和的に運用している偉大な力と同調するかのようなリズムを奏でるようになります。その基礎となる「心と精神性」は健全な宗教性として育まれた結果、現実から遊離しないで心と現実をつなぐ、高い精神性を抱く世界観を持つようになります。

 

Point 健全な宗教性の基調と要件
 基調= 調和・円満・建設的・明るさ・穏かさ・畏敬・尊重・充実・好転循環
 要件= 「人生を構築する自律の意志」を基いとして主導権が守られている

 

宗教依存における7つの領域

それでは「健全な宗教性」となるのとは別に、宗教依存症になった場合の7つの領域はどのようになるのか?「健全な宗教性」との違いを見てみましょう。「宗教依存を生み出すシステム的な要素」が強い、あるカルト宗教ではどのようになるでしょうか?それが次の図です。(図1ー11)

(図1-11)

偽りの托心によって主導権を明け渡す

上記のように、あるカルト宗教においての7つの各領域は、どのような特徴があるかを表現していますが、ここで一番大事なポイントなのは、中央に位置する円の中にある「人生を構築する自律の意志」という部分が「偽りの托心 (依存心)」に代わり、本来自分自身が判断して選択するべきこと(この判断の権限を主導権といいます)、この自分自身の主導権を他者に明け渡していることです。ここでは、カルト宗教の「神仏(特定の宗教や教団が教える)・教団の意志、意向」が本人の主導権を奪う形になってしまっています。

主導権を取ったカルト宗教の「神仏(特定の宗教や教団が教える)・教団の意志、意向」は、本人の「人生を構築する自律の意志」を封じ込め、「教団の神仏や教団の意向」に依存するように、本来持っている依存心に働きかけて「偽りの托身」に質的に変化させていきます。その結果、その人は自分の人生の主導権を明け渡し、教義で素晴らしいことが書いてあったとしても、人生の七つの領域を質的に不調和になるように変化をさせていきます。図を見ていただくとわかりますように、それぞれの領域で、教義の偏向的な知識をはじめとして、断絶、拒絶や衝動的、独断的、非科学的、幻想的などの分離・現実逃避的な色合いが増えていくのが特徴です。カルト宗教ほどではないにしても、「依存を生み出すシステム的な要素」が強い団体への宗教依存症は程度の差こそあれ、同じような色合いを帯びていきます。

全体的な基調としては、どこか「偏り(かたより)」を感じさせ、「不自然」な印象を与えます。「心と精神性」においては、現実逃避的・現実遊離的な神話・宗教・スピリチュアルの世界観にさまようようになり「宗教依存の意識10の兆候」が現れます。もしくは現実との齟齬による葛藤やあきらめを隠し持つようになります。

Point 宗教依存の基調と要件
 基調= 偏り・不和・破壊的・陰湿・不穏・軽蔑・軽視・空虚・暗転循環
 要件= 「人生を構築する自律の意志」が「偽りの托心」に偽装されて主導権が奪われている

 

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