人が「依存」する対象は様々ですが、依存症といえば、かつては薬物やアルコール依存など物質依存と言われるものがほとんどでしたが、依存の概念は広がり、対人やプロセス(行為)も依存とみなされるようになりました。プロセス(行為)依存の代表的なものとしてギャンブル依存がありますが、インターネットゲームなどのやりすぎで日常生活に支障をきたすネット依存が近年注目されています。世界保健機関(WHO)では、2018年に国際疾病分類(ICD-11)に「ゲーム症・障害」を疾病(病気)として分類され、具体的な症状や定義が盛り込まれる予定(2018年1月現在)になっています。WHOに盛り込まれ定義されれば、診断や統計調査に役立てられ、対策面で飛躍的に前進することが期待されています。

依存症の種類に関しては依存症の3つのタイプの記事をご覧ください。

 

依存症の医学的定義 (物質依存)

ある物質あるいはある種の物質使用が、その人にとって以前にはより大きな価値をもっていた他の行動より、はるかに優先するようになる一群の生理的、行動的、認知的現象。
依存症候群の中心となる記述的特徴は、精神作用物質(医学的に処方されたものであってもなくても)、アルコールあるいはタバコを使用したいという欲望(しばしば強く、時に抵抗できない)である。

(ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン)

※医学的定義では、ある特定の物質の使用に関してほどほどにできない状態に陥る状態を依存症と呼びますが、 本ページでは行為や過程に関してそのような状態に陥ることも含めて依存症として表現しています。

依存症の診断には専門的な知識が必要ですが、本人はもとより家族やその周辺に支障や困難や苦痛が及んでいないかを知る必要があります。

依存症とはどのような状態になることなのか?

人間は主体的に生きる過程において、安心や満足を周囲との程よい依存関係を図ることによって成長していきます。

しかし、成長の段階で成育過程の家庭環境や本人の性質によって、孤独感や疎外感などの精神的な空白や不安感、寂しさを心の中に囲ってしまった場合に、相手を支配したり、束縛したりすることによって不安や孤独感を紛らわそうとしたり、何かの物に頼ることによって埋め合わせようとして依存症になっていきます。

依存症とは特定の何かに心を奪われ、「やめたくても、やめられない」状態になることです。例えばアルコールやタバコ、ドラッグなどの薬物などの特定の物質に対して、または、ギャンブル、買い物、インターネットなどの行為・プロセスに対して、やめたくても、やめられない、またそのことに対してほどほどにできなくなってしまう状態をいわゆる依存症といいます。

依存症はカルト教団に洗脳された状態

神奈川県立精神医療センター依存症診療科長の小林桜児さんは、依存症の治療にあたる臨床現場経験から、依存症は脳のメカニズム以外にも何かしら心理的なものが作用しているのではないかという実感を語られています。同時に依存症の状態を、カルト教団に洗脳された状態の例えを使い、次のように解説されています。

<アルコールや薬物という教祖様がいて「私を信じれば救われる。信じろ」と言われ、体験修行をしたら落ち着くし、幸せな気分になれるし、自分が生まれ変わるような体験をしたし、本当に救われた。
そうして心酔していくうちに、だんだんと他のことはどうでも良くなっていきます。趣味もやめてしまい、友達とも合わなくなり、教祖様のところに入り浸るようになる。そうして外部との関係が断たれ、教祖様以外のものが目に入らなくなり、信じられるのは教祖様だけになる。そうなるともう言いなりで、教祖様のためには何でもするようになります。ときには犯罪だって侵してしまうでしょう。ところが色々と不都合がでてきて、苦しい思いもするようになる。「もしかしたら、救ってくれるなんて嘘だったのではないか」と思ってしまう。でも最初の頃のあの修行の成功体験が忘れられなくて、一旦は離れたとしても苦しくなるとまた教祖様の元に戻ってしまうです。>

(神奈川県立精神医療センター依存症診療科長の小林桜児さんのインタビュー記事より引用)

依存症が増えているその背景

現代社会は人と人とのつながりが希薄になっている社会であるといえます。村や町を単位とする地域社会は、都会への若者の流出と共に衰退化し、地域社会における教育力というものも低下していきました。都会に出た若者の単身の生活が増加、結婚後も核家族による生活が多くなってきたために単身の高齢者が増加しています。

また社会全体が情報化社会に突入し、人間同士の直接の関わりが減少しつつあります。単位が村⇒大家族⇒核家族⇒個となり、いつでも必要なものや情報がネットですぐに手に入る便利さや快適さは「個」としての生活を容易に可能にしています。

その物質的な豊かさや便利さという恩恵を手にする反面、個人のメンタルな側面は、人との関わりが希薄になるがゆえに自己中心的で倫理道徳感が希薄になり、試練に対する耐性が落ちています。若者を中心として孤独感や不安感を強く持ち、コミュニケーションがとれず感情的にすぐに切れるなどの傾向があり、そのことがまた孤独感や不安感に拍車をかけています。

欲しいものが何でも手に入る環境は、欲望を刺激する情報が氾濫し、目の前にあるすぐに欲求を満たしてくれるものが沢山あります。自分の将来の目的・目標などを見失ってその場しのぎの快楽に流されてしまう誘惑に満ちており、容易にのめり込んでいきやすく、依存症になりやすい環境であるといえるでしょう。

 

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